2011年10月26日

横浜市の文化事業

昨日は、横浜市関内エリアの新港ピアというところで、
横浜市立大学准教授の鈴木伸治先生のシンポジウム、
『ウォーターフロント地区の歴史的資産活用』に
ついて学んできました。

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<新港ピア>
http://shinminatomura.com/about/index.html

現在のみなとみらいは赤レンガ倉庫や汽車道など歴史的資産が
港町ヨコハマに彩りを添えて、素晴らしい景観をつくりだしています。

もちろんここまで作り上げるのには多くの困難がありました。


1980年代頃より横浜市全域の歴史的資産の調査が開始され、
要綱や条例などのツールを駆使し、歴史的資産を文化財として
価値づけし保全を進めていきました。


1980年代といえば、バブル景気の只中。
そんななかで古い建物を残していこうという戦略をまちづくりに
いち早くとりいれた当時の都市デザイナーの先見の明に感服いたします。


かつて、横浜の港が一般市民に開放されていたのは山下公園のみでした。港はビジネスの場であり、一般の人は立ち入ることができませんでした。

しかしながら、港湾の物流はやがて機能しなくなることを見越し、
港を一般市民に開放していくのがよいと横浜市の六大事業の一つとして
提案され計画が進められていきます。



何が歴史的資産なのか?

どの建物を残して、何が残せないのか?

例えば、建築史では評価が低くても産業史や物流史からすると
価値があるのではないか?

文化財価値はあるだろうか?


そういった難しい価値付けを丁寧に一つ一つ行っていきました。

今や横浜の人気観光スポットとなった赤レンガ倉庫も、
当時は壊した方がよいという意見も多かったとか。


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赤レンガ倉庫の夜景



人口減少社会になり新しい建物をどんどんつくる時代ではありません。


むしろ、その街らしさとは何かを見つめ直すような、
そんなまちづくりの時代が来ていると思います。


歴史的資産を残したまちづくりがなぜよいのか?


私が思うに、人も過去があり今があります。
その街にも過去の歴史があり今に続いています。

過去の建造物をすべてなくして塗り替えることは、
人に置き換えれば記憶をなくすこと。

つまり、その人らしさを失うこと。
街のアイデンティティを失うことになるのではないかと思います。


逗子らしさとは何か、改めて考えさせられました。


隣町がこれだけ魅力的に変貌し続けている中で、
逗子市としても見習うべきところは多いと感じました。

次回の一般質問に活かしたいと思います。
posted by nagashimayuri at 23:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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