2011年05月13日

福島リポート

5月3日より5日間、福島県猪苗代町、磐梯町、会津若松市、会津美里町、下郷町にある12か所の避難所を回り、直接被災者の方の声を聞いて回ってきました。
 原発から20キロ圏内の警戒区域に住む住民の多くが実は同じ福島県内の会津地方に避難しているからです。

チェックリストをもとに、避難所の食事、衛生状況や、衣類などの物資の配給状況、医療・介護状況など・・を伺っていきます。


色々お話しを伺う中で、今悩んでいること・・報道では知れない本音の話などもうかがうことができました。

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会津若松地方自体は震災による甚大な被害状況はないことから、電気、ガス、水道などインフラはもとより、医療・介護環境も比較的恵まれている状況です。

そのため、現状の生活自体に不満を抱いている方は少なく(一部避難所ではお風呂に週2回しか入れないという避難所もありましたが)、むしろ将来的なこと、住んでいた街に戻れるのか、自宅はどうなってしまうのか、仕事がみつからないなど将来にわたっての不安が大きいことを感じました。

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(病気の老犬を車内で飼っている方も・・)

とくに、小さなお子さんを持つ保護者の方からは、「子どもは親についていくしかない。子どもの安全のためには住む場所を離れるしかないが、子どもが友達と離れ離れになってしまうことなどを考えると悩んでしまう」など、私も同じ年くらいの子どもを持つ親として身につまされる思いでした。とくに「子どもが将来結婚する時に原発近くに住んでいたということで結婚の障害になるのではないか」というお話を伺ったときは、言葉が出てきませんでした。

そんなこと考え過ぎではないか、と思う方もいらっしゃるかもしれません。

でも福島県の去年のお米が売れなくなったり、福島県出身だということでいじめにあったという報道がされるなど、福島の方達がどれほどナーバスになり、絶望感を抱いているか、しっかり受け止めなくてはいけないと改めて思いました。

食器が足りないときはカップ麺の空容器を洗って使ったり、何とかやりくりして毎日を過ごしたとのことで、これから暑くなる季節に向け今は夏物や女性の下着、化粧品などが不足しているとのことです。逗子市での救援物資の受け入れは終了してしまいましたが、やはり品目を替え引き続きやるべきだと思います。

今後、テレビや新聞から被災地の報道が少なくなっても、被災者の方の生活が安定したものになるのに後どのくらいの月日がいるでしょうか。
どうかみなさんが想像力と優しさを失わずに、助け合いの気持ちが続くことを祈っています。

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また、今回被災地を巡り感じたことは、自治体間協力ということがとても大切だということです。

例えば、今回福島県内、特に原発20キロ圏内の自治体同士で、楢葉町は芦ノ牧温泉、大熊町は東山温泉、富岡町は磐梯熱海温泉と、地域で割り振りが行われ、被災者の受け入れや、支援が行われていました。

逗子市は現在、群馬県渋川市の伊香保町と唯一防災協定を結んでいますが、普段から防災協定を多くの市と結び連携、協力を図ることでいざというときに、助け合うことができます。県や、国の調整を待っているとどうしても救援体制のスピードが遅くなる恐れがあります。

現実に会津地方で、被災者の受け入れが最も早かったのは楢葉町と防災協定を結んでいた会津美里町です。

会津美里町役場には現在、楢葉町の仮役場が置かれ約60人の職員が詰めているということです。

受け入れサイドの自治体やホテルも、費用負担の問題や経営が採算ベースに乗るか(被災者を受け入れているホテルや旅館は一律一人5000円で3食の提供を承諾し客室を提供しています)、課題を抱えています。

ある旅館の経営者の一人からは逗子に戻ってからも、新たに被災者を受け入れるかどうか、別の切り口で被災者を支援できないか相談を受けてもいます。

現地の人たちとは今後も連絡を取り合い、私の出来うる限りのことは全力を尽くす考えですが、一方で今回把握した普遍的な課題などは、地元逗子の市議会で改善要望に生かしていきたいと思います。

posted by nagashimayuri at 12:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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