2011年10月30日

逗子市の放射性物質の土壌調査について

池子小学校から比較的高い数値のセシウムを含む土壌が
検出されたという問題についてインターネットを通じて
知ったという保護者の方から問合せをいただきました。


この数値結果などから、今後、どのように対応すべきか、
専門家や関係機関に照会した内容をご報告いたします。


まず、放射性物質に汚染された土壌の除染する方法に
ついて、総合防災ソリューションの甲元孝昌さん
(元原子力安全・保安院上斎原原子力保安検査官事)
にお尋ねしました。

除染する方法は次のとおりです。

@ 線量の高いところを除土する(表面から深さ5センチ以上)。
排水施設の汚水溜め等は、中の土等を除去した後、
高圧の水で洗い流すこと。

A 除去した土をビニール袋に入れて口をしっかり縛る。

B ドラム缶等の中に入れて蓋をする。

C 可能であれば深さ1〜2mの穴を掘り埋める。
  (最終処分処理を政府が決定するまでの間)
※福島市では汚染された土壌を2mの穴を堀り、
埋めているということです。

D 埋設した場所については標識を立て管理しておく。

E 除染した場所は、雨が降るとまた放射線濃度が高くなる
  恐れがあるので、定期的に線量を測ること。


逗子市は現状、深さ50センチ程度の場所に埋めたという
ことですが、(追記:埋めた個所は学校内の敷地ですが、
普段児童が立ち入らない場所でかつフェンスで囲い
鍵がかかっており入れないようになっているとのことです。)
今回の線量であれば深さ50センチの穴に埋めることでも、
空間線量は十分に落ちるはずであると甲元さんは
説明しています。

また、中学生のお子さんをもつ保護者の方から、こんな
問合せをいただきましたが、甲元さんは以下のように
回答しています。


Q.「保護者の間では、思春期の子どもが放射能に汚染された土を
触ったり、口に入れたりすると子宮にたまり不妊症になるという
噂がありますが、本当でしょうか?」

A.「セシュウムは身体に入ると、体中に蓄積されると言われて
いますが、蓄積されやすいのは、筋肉と言われています。
子宮に蓄積されるとは、どの専門家も言っていないと思います。
子宮というのは、風評の類だと思います」


また文科省の原子力対策支援本部に、自治体の学校現場の
放射線測定に関してはどのような指針を出しているかと
問い合わせたところ、空気線量の調査に関しては、以下の
手引きを通知しているとのことでした。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/09/09/1305069_2.pdf

この手引きによると、空間線量の値が高い異常値を示さなければ、
土壌に関しても通常は問題がないとのことです。

しかし、保護者の方が安心して子供たちを預けられる環境づくり
のためには、きめ細かい測定調査は重要課題だと思います。

もちろん、測定調査にはコストもかかる(1回あたり数万円)
ため、何を対象にどこまで実施するかは現行では自治体により
取り組みにかなりの差が生じています。

10月26日の内閣委員会では細野大臣が自治体が独自に行った場合、
どこまで支援できるか検討すると答弁しており、逗子市も横浜市
などと同様に「原発事故に伴い発生した行政コストは国に請求する」
という方針を持ちつつ、学校施設の土壌調査、学校給食の放射線量
調査などについて国の対応を待つことなくできる限り積極的に対応
すべきと考えています。

最後に、放射線被爆に関するQ&Aに関してはこちらの
放射線医学総合研究所資料のサイトが参考になるかと
思いますので、ご紹介いたします。

http://www.nirs.go.jp/information/info.php?i20#13


こちらのサイトには、例えば・・

家庭において気をつけることとして、

野菜をよく洗う、煮る(煮汁は捨てる)、皮や外葉をむく、
などによって、汚染の低減が期待できるとしています。
また、放射性セシウムについては茹でることにより、
半分程度の除染効果が期待できるということです。

また、一部の野生きのこには放射性セシウムが高濃度に
蓄積されることが知られています。

現在市販されているキノコは人工栽培物が多く、
栽培のための菌床の濃度が高くならない限り心配は
ないということです。(平成23年9月27日更新)



このように、日常での疑問がわかりやすく掲載されています。

放射能に関することについては、わからないから余計不安になる
という側面もあるかと思いますが、今後とも私なりに情報収集に
努めると共に、関係機関に必要な対応を求めていきたいと考えています。
posted by nagashimayuri at 21:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

横浜市の文化事業

昨日は、横浜市関内エリアの新港ピアというところで、
横浜市立大学准教授の鈴木伸治先生のシンポジウム、
『ウォーターフロント地区の歴史的資産活用』に
ついて学んできました。

111025_1925~01.jpg

111025_1925~02.jpg

111025_1931~01.jpg
<新港ピア>
http://shinminatomura.com/about/index.html

現在のみなとみらいは赤レンガ倉庫や汽車道など歴史的資産が
港町ヨコハマに彩りを添えて、素晴らしい景観をつくりだしています。

もちろんここまで作り上げるのには多くの困難がありました。


1980年代頃より横浜市全域の歴史的資産の調査が開始され、
要綱や条例などのツールを駆使し、歴史的資産を文化財として
価値づけし保全を進めていきました。


1980年代といえば、バブル景気の只中。
そんななかで古い建物を残していこうという戦略をまちづくりに
いち早くとりいれた当時の都市デザイナーの先見の明に感服いたします。


かつて、横浜の港が一般市民に開放されていたのは山下公園のみでした。港はビジネスの場であり、一般の人は立ち入ることができませんでした。

しかしながら、港湾の物流はやがて機能しなくなることを見越し、
港を一般市民に開放していくのがよいと横浜市の六大事業の一つとして
提案され計画が進められていきます。



何が歴史的資産なのか?

どの建物を残して、何が残せないのか?

例えば、建築史では評価が低くても産業史や物流史からすると
価値があるのではないか?

文化財価値はあるだろうか?


そういった難しい価値付けを丁寧に一つ一つ行っていきました。

今や横浜の人気観光スポットとなった赤レンガ倉庫も、
当時は壊した方がよいという意見も多かったとか。


111025_1910~01.jpg
赤レンガ倉庫の夜景



人口減少社会になり新しい建物をどんどんつくる時代ではありません。


むしろ、その街らしさとは何かを見つめ直すような、
そんなまちづくりの時代が来ていると思います。


歴史的資産を残したまちづくりがなぜよいのか?


私が思うに、人も過去があり今があります。
その街にも過去の歴史があり今に続いています。

過去の建造物をすべてなくして塗り替えることは、
人に置き換えれば記憶をなくすこと。

つまり、その人らしさを失うこと。
街のアイデンティティを失うことになるのではないかと思います。


逗子らしさとは何か、改めて考えさせられました。


隣町がこれだけ魅力的に変貌し続けている中で、
逗子市としても見習うべきところは多いと感じました。

次回の一般質問に活かしたいと思います。
posted by nagashimayuri at 23:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

予防接種について

週末、下の子のインフルエンザと上の子の子宮頸がんワクチンの接種を済ませてきました。
子宮頸がんワクチンは、今年から逗子市でも助成対象となり、一時ワクチン不足で接種ができませんでしたが、今年の夏頃から接種を再開しています。

今の赤ちゃんの予防接種は大変です。
任意も含めれば10種類以上あります。

逗子市では、今年から小児用肺炎球菌ワクチン、ヒブワクチンの助成も始まっていますので、
毎月なんらかの注射を打っているような状態になってしまいます。

私は、上の子の時はわけがわからずでしたので、
健康診査の際に保健師さんにスケジュールを作成してもらい、
母子手帳に記入してもらいました。

育児雑誌などでも予防接種スケジュールなど特集してるので
参考にするのもよいですね。

最近はこんな便利なサイトもあるようです。

『赤ちゃんの予防接種をケータイでサポート』
登録すると、携帯にメールで予防接種スケジュールが
送られてきます。便利。
QRcode.gif
QRコードを携帯電話のカメラで読み取ってください。
※ご利用に応じて別途パケット通信料がかかります。
※QRコード対応機種でない方は http://kbtc.info/
を直接入力してアクセスしてください。


私は、カレンダーに接種予定日をあらかじめ全部書き込みます。
それで、病院では接種が終わったその日に次回の予約を入れます。


それでも風邪をひいたりして、予定があわなくなってしまうんですよねー(TT)


ママさんたち頑張りましょう〜!!
posted by nagashimayuri at 22:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

逗子の過去へタイムトリップ

本日、逗子観光推進の会のイベント『桜山の文化財を訪ねる』に
参加してきました。


DSC00088.jpg

逗子市所在の文化財をガイドつきで訪ねる小さな旅です。

あいにくの曇り空でしたがはりきって出発です♪
定員を超える参加者で塔本議員も参加されていました。
私のお目当ては、昭和初期の別荘建築、普段は非公開の旧脇村邸の内部見学です。


まずは、宗泰寺→六代御前の墓石へ。

六代御前の石碑はかつてインテリアオカザキの国道に面した場所にありました。
それが昭和37年頃今の桜山の場所に移設されたのですね。
そのいきさつがあるのですが・・実は石碑の裏に刻まれています。
知りたい方は是非石碑の裏をご覧になってみてください^^

六代御前に関しては、逗子市文化財のページに詳しく記載が
ありますので興味のある方はこちらをご参照ください。
http://www.city.zushi.kanagawa.jp/syokan/syougaigakusyu/bunkazai%20HP/bunkazai%20HP/sitei2.html#29

その六代御前の墓の裏からハイキングコースが続いており、
旧脇村邸の別荘へと山道を歩きました。

DSC00098.jpg

旧脇村邸
DSC00105.jpg

DSC00114.jpg

DSC00119.jpg

和洋折衷の数寄屋風の建物が何とも趣があります。
2階からは海と江の島がみえます。
風土や気候に合わせ、風通しなどもかなり計算されて
建てられたようです。

昭和9年に大正期の実業家藤瀬政次郎の奥様である
藤瀬秀子夫人が別荘として建設されたもの。
夫人は優れた歌人でもあり逗子を題材にした歌もうたわれています。

文化の会の及川さんより当時のエピソードや藤瀬夫人の歌などを
ご紹介していただきました。
DSC00122.jpg

DSC00132.jpg

この脇村邸、かつて天皇陛下が泊まられたこともあるそうです。
なぜなら脇村さんの弟さんは美智子妃殿下のご親戚関係
にあるからだそうです。


この建物は平成19年に逗子市が取得しております。
今は、週1回市民有志が雨戸の開け閉め(窓だけで100戸以上!)
や清掃をしてくださっているため良好な状態で維持されていますが、
現在は原則非公開です。
この旧脇村邸をどのように利活用していくかは、閑静な住宅街の中
にあることからも用途地域の問題からも難しい課題ですが、
今後場を改めて提言していきたいと思います。


お昼ごはんは、ロードオアシスの特製お弁当。
さざえご飯がすごく美味しい。
まだ店頭販売されていないというので『不如帰弁当』
と勝手に命名してみました^^
DSC00129.JPG



脇村邸を出た後は、ひたすら山道を。

DSC00140.jpg

長柄桜山古墳(第2号墳)へ到着。

DSC00142.jpg

古墳を守る会の田中洋子さんより詳しいガイドを受けます。

DSC00141.jpg


県内最大級の古墳です。(全長88m)
つまり・・それだけ偉い人のお墓だった可能性があります。

DSC00145.jpg

第2号古墳からの眺望です。

今日はちょっと曇っていましたが、
相模湾に浮かぶ江の島をはじめ富士山が一望できます。

この壮大な景色をバックに、祀られたこの地の豪族を
人々がお詣りしていたのでしょう。


この古墳自体は1600年前のものらしいですが、
そのお墓の上にこんもりとさらに新しいお墓が。
これは800年前くらいの平家のもののようですが、
お墓の上にお墓という不思議なことになっています。

これがどういうことなのか判明されるのは、
平成30年頃に予定されている発掘調査まで
おあずけということになりそうです。

しかし、このような山奥でこの小高い山が古墳だと発見した
学者の方はすごいですね。
このエピソードも非常に面白かったのですが、
これは実際に皆さんもイベントに参加してガイドさんから
直接お話しを伺ってください!

古墳を後にし、最後は郷土資料館へ。

DSC00148.jpg

DSC00152.jpg

私の大好きな逗子の場所の一つでもあります。

最後に逗子の市の花のほととぎすをパチリ。

DSC00158.jpg

花びらの模様が鳥のホトトギスに似ているから
この名前がついたそうです。


と、盛り沢山の内容でした!


逗子というこの街に誇りと愛着がさらに湧きました。



次回は1月10日(七福神巡り)を予定しているそうで、
詳しくは12月号の広報逗子をご覧いただき、
みなさんも是非ふるってご参加ください。


posted by nagashimayuri at 17:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

池子米軍住宅に関する委員会でした。

本日(18日)、池子米軍住宅地区の返還に向けての共同使用に
関して、市長及び所管から委員会にて説明がありました。


池子米軍住宅地区については、この間平井市長が返還を掲げ
選挙に再選されてから、市民の間にはついに池子の土地が
戻るのかと期待が高まっているところですが、
実際には、国、米軍、逗子市の三者による協議会(通称:三者協)
もなかなか開催されず、交渉が難航しておりました。

そのような中、議会からの強い要望もあり、ようやく9月30日に
三者協が開かれ、10月12日には一時使用申請書が逗子市から
国へと提出されました。


もちろん最終的には池子の土地の全面返還を目指すところは、
市長ならびに議会としても変わっておりません。
しかしながら、全面返還がこの数年の間で実現することは
大変厳しいのが現実です。


そこで返還に向けての間、池子住宅地区の約40haの土地を
基本的要件を満たすことを条件に無償で市が都市公園として
共同使用できるよう交渉を進めているところです。
基本的要件は3つあります。例えば管理棟や駐車場の移設整備。
共同使用される区域とその地区を隔てるフェンスの設置など。


逗子市民のみなさんの大きな関心は、

いつ使えるようになるのか?

本当に無償になるのか?

ということではないかと思います。

いつ共同使用が開始になるかということについては、
本日の行政からの回答では26年度末オープンを目標とし、
交渉を進めていくという回答でした。
来年度は40ha内の米軍施設の移設のための測量などがあり、
25年度には調査結果を踏まえて米軍施設の移設が
行われていく予定とのことです。


本当に無償なのか?ということについては、

40ha(ヘクタール)といえば、1haが10,000uですから、
(坪数にすると約3000坪)
40haとなると40万u、というかなり広大な敷地になります。

野球場や400mトラックもあり、
ドッグラン、子供の遊び場など・・市民の夢は広がります。

市長からは、できる限り市民に負担のないよう進めていきたいとの
答えでしたが、市が管理するとなれば当然人も置かなければなりま
せんし、一定の費用が発生することは避けられません。

池子の第一運動公園に約10億円(半分は国庫補助)の再整備計画も
ある中で、逗子市の財政が破たんしないように、かつ逗子市民の
みなさんに活用していただく道を見出せるよう、今後も市や国に
対して提言してまいりたいと思います。

posted by nagashimayuri at 01:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。